目標とは?/ レイク
[ 575] 自分らしいキャリアを築くために:キャリアに「目標」は必須ではない (1/2) - ITmedia Biz.ID
[引用サイト] http://www.itmedia.co.jp/bizid/articles/0611/21/news052.html
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キャリアや人生を、自分の望むようなものにしていくためには、大きな目標や明確なビジョンが必要だと思い込んではいないだろうか。実は、そうとも限らない。価値観を明確にし、それを満たしていくことで、望みのキャリアを築いていくこともできるのだ。自分のキャリアに迷いを感じている人、必読です! 「まず目標から発想して、今、何をするかを考えるのがいい。だから人生でも仕事でも目標を決めろ」という人がいますし、もちろん、この方法で大成功している人もいます。私が留学していた頃の米国でも、盛んにビジョンだ、目標だといわれていました。 ところが、日本に戻ってコーチングの仕事を始めてみると、なかなかビジョンを引き出すことができない。そしてそれを、私の引き出し方が下手だからとか、日本人がアメリカ人に劣っているのではないか……という風に考えたこともありました。 実は日本人が劣っているのではないのです。ただ、ビジョンや目標を決めるとやる気が出る人と、自分らしさや価値観を日々満たしていく方がやる気が出る人、それぞれ両方の人がいるということなのです。この考え方は100%平本オリジナルです。 “目標やビジョンがない”のに、成功している例として、ある町工場の社長さんの例があります。その工場では、その部品がないとNASAのロケットが飛ばないくらい精度の高いものを作っています。にもかかわらず、社長さんにはビジョンも目標もありません。では、何があるのかというと、価値観があるのです。「どうしたら、ここをあと0.01ミリ削れるだろうか」と、「精度」という価値観にしたがって仕事に取り組んでいるのです。日々、価値観を大事にしているうちにすごい結果が出た、といえるかもしれません。 ですから、目標やビジョンがないからといって、落ち込まないでほしいのです。価値観と目標のどちらかが大事、といっているわけではありませんし、どちらか1つがなくていい、といっているわけでもありません。つまり、 この2つの傾向があるのです。別の言い方で、「未来への実現がやる気を引き出す人=ビジョン型」と、「今、大事なものを満たす方がやる気がでる人=価値観型」とも表現できます。 未来を決めて、そこから今を捉えるほうがいい人をビジョン傾向の強い人、毎日毎日、自分の大事なものを満たして積み上げていくほうが、やる気がでる人が価値観傾向の強い人です。 ビジョン型は、例えば転職するときに、「自分は5年後にああいう仕事をしたい」と考えます。「職場はお台場で、総ガラス張りのビル。モダンなインテリアのオフィスで、こういう人材派遣業をやっていたい。だから今、この会社にいる間に、お金を貯めて技術を身につけよう。そして5年後に独立しよう」と。 未来に、例えば5年後・10年後に、こうしたい、ということを発想してから、今を考えていくほうがやる気が出る人=ビジョン型です。 これに対して価値観型は、何年後どうしたいというよりは、「自分にとって今、何が大事か」という価値観を、日々の仕事で満たしているかどうかが大事です。例えば、人材派遣業で経理をやっている女性Aさんの場合を考えてみましょう。Aさんの価値観は、「人に接して人に喜ばれる」ことです。すると、5年後にどの仕事に就くかどうかよりも、人に接して喜ばれることを満たせるかどうかが大事です。彼女は「人に接して喜ばれるのは、きっと研修業に違いない」と思い、研修会社に転職しました。でも「君、経理やっていたんだったら、また経理やってよ」と言われてしまい、この会社でも人に接することができない。これでは、「希望の会社に来たのに、なんで幸せじゃないんだろう、満たされないんだろう」となってしまうのです。 価値観傾向の強い人にとっては、仕事の業種・職種を特定することは重要ではありません。自分の価値観が満たされるかどうかが大事です。Aさんにふさわしいのは花屋さんかもしれないし、飲食店やレストランかもしれない。今までと全然違う業種かもしれないけれど、そこでAさんなりの「人と接して喜ばれる」価値観が満たされることが大事です。 部下指導の際の典型例も紹介しましょう。価値観傾向の強い上司が、ビジョン傾向の強い部下に接するときは、こんな風に言いがちかもしれません。「おまえ、5年後とか10年後とか、そんな先の未来の話ばっかりしないで、1日1日の仕事を大事にしろよ」。相手にも自分の傾向を当てはめて、つい、こんな風に言ってしまうわけです。 逆に、ビジョン型の上司と価値観型の部下だったら、「お前はチマチマしてないで、もうちょっと遠い未来に夢を描けよ」とか、「夢がないんだよ」というように言ってしまうかもしれません。 ビジョン型のキーワードは「夢」とか「目標」です。その言葉を聞くとビジョン型の人はワクワクするんですね。一方、価値観型のキーワードは「自分らしさ」とか「こだわり」「大事なもの」などです。そのほうが夢とか目標といわれるより、価値観型の人にはしっくりきます。 ライフハック テンプレート:#106 将来の知り合いリスト尊敬する著名人や成功者の人たち。そうした人と知り合いになりたいですか? 樋口健夫の「笑うアイデア、動かす発想」:決してパニックにならない緊急事態の心得「助けてくれーい。拘置所から出られない!」と叫んだのは、サウジアラビアで交通事故にあった時。身元の確認が済むまで拘置所に入ったのだが、筆者はこの時は相当あわてたものだ。危機管理という意味では、焦りは禁物だ。 コンピュータはほかの道具とは異なり、使うにも作るにも「命令」が必須で、それぞれの立場で意味が異なる。あらためて「命令」を考える 26歳女性エンジニアの悩み。この残業時間じゃマトモな結婚生活送れない! でも「仕事か私生活か」で悩むのはちょっと待った うまくいって当たり前、目立たないけど重要な「移行」という作業。これに立ち向かったのは、筆者の考え得る最強のチームだった |
[ 576] さよなら目標 - tapestry::reikon
[引用サイト] http://d.hatena.ne.jp/reikon/20070707/1183897881
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十代後半から二十歳代にかけては、自分の将来に対して「こうなりたい」という大きな目標をいつも掲げては挫折を繰り返し、結局、「さえない自分」でしかない現状にため息をつく日々でした。それなりに仕事でお金はもらっていたし、人づきあいも楽しんではいたけれど、自分の「なりたい」からは程遠く、そんな状況に対して常にジレンマ、焦りを抱いていました。 三十歳の頃、自分よりも何倍も強い意志を持ち、掲げた目標に対して努力を惜しまずに猛進していく人たちと出会う機会がありました(その代表格は結婚した相手です)。 その人たちとの出会いによって、これまでの自分がなぜ「さえなかったか」が手に取るように分かり、自分の中にあった意味のないプライドがズタズタに引き裂かれました。ああなんだ、自分は身の程をわきまえず、根拠のない自信ばかり持って高い目標を掲げ、それに対して努力もせず、目先の快楽に走る日々を送っていた軟弱者だったんだ。 学生時代は、テストをすれば点数がもらえたので、自分の努力の結果がはっきりと分かりましたが、社会では、自分のやっている活動に明確な点数がつきません。年収や身につけているものの違いは多少あるけれど、それほど如実に差は出ないし、他人の目をごまかすことはできてしまうから、つい、自分に対して、甘い評価をくだしてしまいがちです。ましてや、若さと愛嬌をうまく利用すれば、女性はずいぶんと優遇されます。いつのまにやら、要領のよさと若さで自分と他人をごまかす知恵だけで年をとってしまっていた私がいました。 そして私は、一度、地の底に落ちました。落ちるまでの時間もけっこう長かった。だってすぐには自分の非力や能力の低さを、素直には認められないですから。 そんなわけで、その後の私の人生は、挫折感と無力感に覆われた日々になりました。自分の人生がさえない理由が自分にあったということを、全面的に認めてしまった後は、生きるのが辛くてだるくて仕方がありませんでした。いや、過去形ではなく、今もその無力感と戦い続けているわけです。 ですが、なんとなく、最近は自分が以前よりも「小(こ)まし」にはなってきている気がします。それは、若かりし頃に身の程をわきまえずに目標を掲げて失敗した経験をふまえ、最近はもう、目標というものを立てなくなったからだと思います。 もちろん、目標を立ててそれに向かって実行を移せる人は、そうしたほうがいいのですが、高すぎた目標に負ける経験を何度かした人は、もう同じ過ちは繰り返さないほうがいいと思うのです。だからといって怠惰に暮らせといっているのではなく、とりあえず目標を設定するのをやめてみて、目の前の自分がやるべき小さなことをとにかくひとつずつ「つぶす」「こなす」「やりとげる」作業を続けていけばいいと思います。 私の場合は、「人との約束を守る」「うそをつかない」「ごまかさない」といった小学生の決まりのようなことでした(本当に!)実はそれすらできていなかったんですね。しかし、そんな基本的なことができなくて、社会でうまくやっていけるわけがありません。もちろん人によって、とりあえずクリアしていくべき小さなことのレベルは異なるのでしょうが、こんなふうに、少しずつ自分のクリアできるハードルを高くしていく方が、自分もラクだし、結果的には悪くない方向に進んでいけるということが分かってきたのです。 今の私は、やっぱりまだまだ低迷期ではありますが、自分の能力の限界を知ったことで、逆に今ならやれそう、と思うことが出来てきました。「ダメダメ期」から、わずかばかり抜け出せてきたのかな・・・。 若いうちから能力がある人は、こうした苦労もせず目標をどんどんクリアしていけるのでしょうね。そういう人こそが、やっぱり社会で活躍する人なんでしょうが、自分はそうじゃないってことを認めることで、後咲きの人生を目指していける気がします。 そんなわけで、「こんなはずじゃなかった」と思って生きている人がいれば、一度、「こんなはずなんだよ」と敗北宣言してから、もう一度、ゆっくりと立ち上がって進んでみたらどうでしょう。 こんにちは。このエントリーを読んで、ミスチルの「Any」を思い出しました。僕も後咲きなので、とても共感ができます。 ここ一年ほど、私も「後悔ばかりしている自分」「目標を立てても失敗し続けている自分」から卒業したいとあがいていました。ときには後退したとしても、一歩一歩前に進んでいけたらいいなと思っています。>敗北宣言してから、もう一度、ゆっくりと立ち上がって進んでみたらどうでしょうこれにすごく勇気づけられました。 本当の自分に気付くことは難しいものだと思うのでそれに気付いた事で一歩前進ではないでしょうか。そんな私もずっと模索中です!reikonさんのエントリーを読んで、「7つの習慣」を思い出しました。(まだ1つめの習慣を読んだ所なので紹介するのも恐縮ですが)あと、エーリッヒフロムの「愛するということ」も近いかなと。機会があったら是非。 reikonさん、こんにちは。実は私、ここ最近、どん底に突き落とされているなぁ、と思っていたところだったんです。ブログを拝見して、「そうだ、1つづつ階段上るようにしていったらいいのか」と改めて思いました。とりあえず、今目指している資格が取れるように頑張って、ゆるゆるとでも立ち上がって前に進んでみます。 reikonさん、おひさしぶりです。第1回公聴会の解散後、「はてなダイアリーの歌」竹笛バージョンを披露させていただいた1ユーザですが、覚えておいでだとうれしく思います。さて、私にも高い目標に対して突っ走れてそれに疑問を持たない、強い友人がいます。彼女は彼女のワンダフルライフを生きていて、ソレでいいんだとこのエントリを拝見してつくづく思いました。それが彼女のしたいことなんですからね。比べる方が間違ってるし、ある意味で置いていかれても構わないと思いました。これは甘えじゃなくて、自分のペースじゃないってことで……。自分にはまだ目標とか夢とかいったやつが見つかりません。でも、大事な友人はいるし、家族もいるし、上司や仕事仲間も大切なみなさんです。この人たちと、自分自身のために、ちょっとしたことでも何かできたらいいな、ソレだけを毎日やっていけば、10年後には、結果的には、今は思いも付かないような高い山を登りきっている気がするんです。自分が他人にちょっとして差し上げたことが、自分自身へのフィードバックとして何が還ってきてるかを見る目だけは忘れないようにすれば。失礼ながら、うまい棒とソーメンをすすりながら京都で右往左往なさっていた頃、たぶん、今の「はてな」は想像できなかったのではないですか?今も色々と右往左往があるのかもしれないし、ないのかもしれませんが、いずれにせよ道はどこかにつながっているでしょう。若輩者が生意気言いました。アメリカには慣れてきたでしょうか? reikonさん、しなもん会長と本物の社長さん、また、はてなスタッフのみなさんのご健康をお祈りいたします。 こんにちは。3日ほど前にこのエントリを読んで、何か、心が動かされて、コメントしたいような、でも何を書いてもいいのか分からないような気持ちでいました。今日からは星をつけて帰ります。。 |
[ 577] 目的・目標・手段で文章を整理する − @IT自分戦略研究所
[引用サイト] http://jibun.atmarkit.co.jp/lskill01/rensai/kokugo08/kokugo01.html
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コミュニケーションスキルの土台となる図解言語。だが筆者によると、実はその裏に隠れた読解力、国語力こそがITエンジニアにとって重要なのだという。ITエンジニアに必須の国語力とはどのようなものだろうか。それを身に付けるにはどうしたらいいのか。毎回、ITエンジニアに身近な例を挙げて解説する。 システムについて説明するとき、ITエンジニアはひたすら技術的なスペックについて語ってしまうという失敗をやりがちである。そんな失敗を避けるには、「目的・目標・手段」という考え方を身に付けておくことが有効だ。 今年(2006年)3月末、小学校教育における英語の必修化というテーマについていくつかの報道があった。私はこの件については特に語るほどの意見を持っていないが、知人の間ではあまり評判がよろしくない。しかも、実際に日常的に英語で仕事をしていて、かつ仕事ができると認められている人物が反対しているような傾向がある。理由を尋ねると大体こんな答えが返ってくる。 「日常会話ならともかく、実際に仕事で必要なレベルのコミュニケーションを英語で取れるかどうかは、英語力の問題ではなく知識と思考力の問題だ。小学校から英語教育をしても意味はない。それより国語教育に力を入れるべきだ」 「小学校から英語教育をしても意味はない」という結論については保留とするが、その理由として挙げられている「知識と思考力の問題」「国語教育に力を入れるべき」の2点については私もほぼ同感である。確かに現在の国語教育には問題がある。だからこそ私はこの「ITエンジニアにも必要な国語力」を連載している。 とはいえ、強化すべき「国語教育」は、現在普通に行われている国語教育とは似て非なるものである。文学作品を教材に使うことをやめて、報告書、説明書、指示書、議事録など、実務文の読解とライティングを中心に教育すべきだ。 具体的には、次のような出題にきちんと答えられる力の養成が急務といえる。時間とチャレンジ精神のある方は、ぜひ5〜10分ほど下記の問題を考えてから続きを読んでいただきたい。 同法の内容は主に2つ。1つは、消費者が申し込みを行う前に、申し込み内容を消費者が確認できる手段を事業者が講じないと、操作ミスによる申し込みの意思表示は無効になるというもの。購入する意思がないのに誤って購入ボタンを押してしまった場合でも、これを無効と主張できるわけだ。同法施行前は「操作ミスは消費者の『重大な過失』であり、従って契約は有効」と事業者が主張することができ、トラブルの原因となっていた。 2つ目は、契約成立の時期を、「承諾の通知が申込者に到達した時点」と定めたこと。それまでは「事業者が承諾の通知を発信した時点」に契約が成立するとみなされていた。承諾の通知が途中で紛失するリスクを、消費者ではなく事業者が負うことになったわけだ。(『時事ニュースワード2004』時事通信社刊) 上記のテキストから契約成立のために必要なプロセスを読み取って整理し、電子契約法の趣旨を要約して下記の空欄を埋めてください。ただし原文が明記している情報の範囲で書いてください。 一読してお分かりのとおり、これは説明文の一種である。ITエンジニアに限らず、現代のビジネスパーソンが日常的に読み書きを求められるのはこの種の説明文であり、文学作品ではない。その現実に対応した国語教育が必要とされている。 40文字以内で空欄を埋めろという出題なので、トータル400文字以上の原文を10分の1に圧縮しなければならない。そのためにはどの部分が不要かを見極めなければならず、説明文全体の的確な理解を求められる。要約するのは国語力を鍛える良い練習になるのだ。 5つの答えには良いものもあれば悪いものもある。5例にそれぞれ点数を付けていただきたい。10点満点としてそれぞれの解答が何点になるか、理由を明らかにして採点してみよう。 「良さそう・悪そう」となんとなく感じるだけならあいまいな理解でもできる。しかし点数を付ける場合、6点と7点など差を付けた理由を説明しなければならないため、細部をしっかり把握する必要がある。 これは第二次世界大戦以前のドイツ軍参謀本部で作戦計画の指針とされた一言で、「パリを陥落させるため(目的)に、その障害となるフランス軍を撃破せよ(目標)」という関係を示したものだ。 人や組織が何かの行動を取るに当たり、(趣味や気分ではなく)明確な目的がそこにあるべきだという点は軍事もビジネスも変わらない。そのため、何かの行動についての説明文を読むときには、目的・目標・手段がそれぞれ何になるかを考えることが役に立つ場合が多い。 しかしこれを全部書くと100文字を超えてしまう。40文字に収めるためには相当思い切った圧縮をしなければならない。バランス良く圧縮できているかどうか、解答例を評価してみよう。 まず解答例A「電子契約において操作ミスなどから消費者を保護するために民法の特例を定めた」は、目的のみで目標や手段が書かれていない。10点満点の3点程度である。 次に解答例B「電子契約で発生しがちな操作ミスなどから消費者を保護するために民法の特例を定めた」は、Aに「発生しがちな」という一節を追加したもの。電子契約の典型であるインターネット上での申し込みでは、確かに操作ミスが「発生しがち」である。この一節があった方が法律の必要性は分かりやすくなる。そこで2点プラスして5点としたいところだが、残念ながら逆に2点マイナスで1点と評価した。なぜなら「操作ミスが発生しがち」という記述は課題テキストのどこにも書かれていないためだ。一般常識として明らかな情報ではあるが、出題に「原文が明記している範囲で」とある以上、その制約は守らなければならない。情報を解釈するときには不用意に自分の先入観を紛れ込ませないよう、慎重に取り扱う習慣が必要である。 解答例C「消費者が申し込み前に契約内容を確認し、申し込み後に承諾通知を受信できるようにする」は、「手段」の記載のみである。しかも「事業者に義務を負わせる」という記述がない。「事業者の義務」の一言は、消費者保護という「目的」を類推させる働きもある重要な一節である。この記述がないのは少々不満なため5点とする。 解答例D「消費者が申し込み前と後に契約内容を確認できる機会を確保する義務を事業者に負わせる」は、「契約内容を確認できる機会」という「目標」に触れるとともに、その機会が申し込みの前後の2回あるという「手段」の最低要件も押さえている。また「事業者の義務」の一言は「手段」の記述であると同時に、「消費者保護」という目的の類推も可能にする。この解答が満点の10点である。 解答例E「消費者が契約内容を確認できる機会を確保する義務を事業者に負わせる」はDに近いが「申し込みの前後」の2度機会があることが書かれておらず、「手段」の説明が貧弱になっている。それを3点マイナスとして、7点となる。 目的・目標・手段に分けて情報を整理しても、短く収めようとするとすべてを盛り込むことは難しい。どうしても何かを削らなければならない場合、「書かなければ分からないこと」を中心に書くようにしたい。この問題では「消費者の保護」という目的は書かなくても類推可能だが、「申し込み前後に確認の機会を確保する」という手段は書いておかなければ分からない。この判断がつかないと、分かりきった話に文字数を費やし、肝心なことが抜けているバランスの悪い説明になってしまう。 ITエンジニアによくあるのが、手段の説明ばかりで目的や目標の説明が不足しているケースである。ITエンジニアは具体的な実現手段を考えるのが仕事なのでそうなりがちだ。日ごろから「目的・目標・手段」の枠組みで情報を整理する習慣を付けて、この失敗は回避できるようにしておきたい。 ITエンジニアに限らず、現代の社会人に必要とされるのは実務的な文書の読み書き能力であり、文学作品の読解力ではない。実務的な文書には必ず「構造」がある。今回は「目的・目標・手段」という構造だったが、このほかにもさまざまな構造的パターンがある。実務文を読むためにはその構造に関する知識が不可欠なのだ。 本来、高校以上の国語教育ではそれら構造的パターンを習得することに力を入れるべきだが、実際にはそれが行われていない。このことがもたらす国家的損失は計り知れないと私は考えている。教育にも「構造」改革が必要なのである。 @IT自分戦略研究所トップ|スキル創造研究室トップ|会議室|利用規約|プライバシーポリシー|サイトマップ |
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