努力とは?/ レイク
[ 550] 努力ができない【リクナビNEXT】
[引用サイト] http://rikunabi-next.yahoo.co.jp/rebuke/s_danshi_3.html
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人には、努力できる人と努力できない人がいて、自分は努力できない人間だと思っています。努力することの大事さは理解しているし、周りからも「努力しなければいけない」 と言われ続けてきたのですが、今まで一度も努力したことがないんです。その度ごとに後悔し、この状況から抜け出たいけれども、やはり努力できない。こんな人間が、まじめに働くにはどうしたらよいか、教えてほしいです。(接客・40歳) 努力するのはよしましょうよ。別にあなたは、仕事が嫌になったわけじゃないんでしょう。だったら、わざわざ自分にムチ打つことはない。努力して良くなるなら、世の中みんな良くなってるはずですよ。努力してもいいことはない。 今までちゃんと生きてきたんだから、世間一般で言う努力があなたには合わないだけで、必ずどこかで一生懸命やってきたことがあるはずなんです。たとえば、眠い朝でも起きて遅刻しないように出勤する。これは努力に値することでしょう。誰でも終電に乗り遅れそうになったら走るでしょ。それだって、努力して走ったんじゃないのかねえ 第三者から見れば、女性を口説くのに「それじゃあダメだ。こうしなきゃ」っていうことがあったとしても、どうしてもその人の性分で、できないってことがある。あなたが求めているのはさ、そういう領域のことじゃあないのかな。 くてもやってるでしょ。私の知ってる引退した著名選手は、バーで酒を飲んでいても、ふっと出てって素振りをしていた。それでひょいと戻って来て、また飲む。有名選手と ピッチャーはブルペンに立つと、まずは何球か投げますね。演奏家はステージでチューニングから始める。それを念入りにやる演奏家は、聞いてて嫌になっちゃうけどさ。でも、その人はこだわりがあるからやっているわけで、努力をしてるわけじゃない。こっちは「そんなの出てくる前にやって来い」って言いたいけどね。落語家が一旦お客さんの前に出たら「えーえー、これからお笑いを、えー」なんて言ってらんないもの(笑)。 つまり、好きでこだわりがあることには、努力なんて言葉以前に、自然とやってしまうはずなんですよ。努力という字は「奴(やっこ)の力」と書くんです。私の“談志語録”の中には「努力とは、馬鹿に与えた夢である」というのがあるくらい。そういうものなんですよ。 努力をして、何かしらやり方や方法に気づくことはあっても、他にいいことないでしょう。後は感性の問題なんです。たとえば、「注意一秒、ケガ一生」って標識を見たとして、自分の中にピンと来るものがあれば気づくけど、なければ何も気づかないですよね。それは、生まれ育ってきた環境の中で、感性が取捨選択をしてきたから。私が時事関連の話題をすぐネタにできるのは、わざわざネタを探して歩いたり、努力してるわけじゃない。常日頃から自分の持っている見方と、国家とのギャップやパロディを、この面から攻めてやろうって視点でいるからなんです。 あなたは周りの人に「努力しなくちゃ」なんて、自分から言ったんじゃないか?だとしたら、「そうだよ、努力しなきゃ」って言い返されますよ。ヤツらはそう言って、 自分たちが努力しているかのような優越感に浸りながら、実は努力してないんだ。もし もあなたが努力して、上に行ったら、ヤツらは後悔するんだよ。「言わなきゃよかった」 ※このページへのリンクは、原則として自由です。(営利・勧誘目的やフレームつきなどの場合はリンクをお断りすることがあります) |
[ 551] 【2ch】ニュー速クオリティ:努力で天才に勝つことって出来るの?
[引用サイト] http://news4vip.livedoor.biz/archives/50508420.html
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努力で天才に勝つことって出来るの?熱いスレだw自分としては勝ち負けより、挑戦してみて負けたらそれもまた一興と思うけど今まで結構挑戦しないで諦めてることって多いんだよねぇ(´・ω・)やっぱり一生懸命努力出来る事が一番の才能だと思うよ、うん。自分でも何書いて.... ━“菅野■穂さん盗撮か?”ある男性タレントとの本番行為。彼女の淫らな部位が鮮明にアップになったりと、私は故意に撮られたのでは?と思いますが…。真偽のほどは皆様方の判断にお任せ致します。奇跡を、ご覧になってください。━ ⇒→⇒→⇒→⇒→なんでこんな大事な時期に!?→ミキティー確かに脚は太いですよ。でもね、困ったような顔しながらもヨダレ垂らして一生懸命フェラ!&騎上位の時には白い愛液をぐちゅぐちゅ出しまくって滅茶苦茶気持ち良さそうなんですよ!!彼女現役女子高生ですよ!!→... 「お兄ちゃん、なんか…白くてどろどろの液がいっぱい出てきたよ…」まだ幼い少女が…わたしはどうすればいいんですか?顔面シャワーですよ!必死じゃないですか!髪も顔面も体も『全身白い液だらけの少女』こんなもの見て興奮するなんて、鬼畜だ!!! ■期間限定の公開■です。新宿着8時14分、中央線電車内で発生した“痴女事件”の全貌。容疑者女性接触から被害者男子学生射精に至るまでの全記録。女性であっても痴漢は立派な犯罪行為! 完全復活!?テレ朝、伝説のドラマで完全女優復帰の【広末○子】彼女のヌード写真が流出したことで巷は大騒動になったが、さらにはこんな画像まで!とても綺麗なピンクの乳首。過去の淫乱行為一部始終!…無理矢理咥えさせられている!一部では昔の恋人の仕業だとか…それにし... 面白記事を探しててみつけてしまった、その名もずばり『チン●vsマ●コ』(汗)…四つん這いの女性と仁王立ちの男性の攻防です(汗)会話はめちゃめちゃ面白いんだけど…わたしにはちょっと刺激が強すぎましたσ(^_^;) SpeedBlogランキングってのに登録したらすっごいアクセス上がりまくりだよ!しかもマヂ爆笑できる面白いブログがいっぱぃあって、こんな面白いブログがいっぱぃあるんだぁってなんか不思議な感じだった!! SpeedBlogランキングってのに登録したらすっごいアクセス上がりまくりだよ!しかもマヂ爆笑できる面白いブログがいっぱぃあって、こんな面白いブログがいっぱぃあるんだぁってなんか不思議な感じだった!! 苦しめばいいってもんじゃないよ。土台が無きゃ努力は出来ない。天才だからこそ、自分に自信が持てて努力も出来る。結局天才には勝てないって事。 でもそれはやっぱりコツを掴むまでの時間の差だよねやっぱり。天才と呼ばれるやつは、ポイントを理解してすばやく吸収する。バカは体にしみこませないと覚えられない。理解力とかの差だと思うよ。天才と凡人は。 単純な身体能力とかは遺伝もあるから超えられない壁があると思うが、スポーツも勉強も努力と時間とポイントを考えることでカバーできると思う。俺は。 その我慢の才能でも東大には行けなかったな……全力を出したから後悔はしてないけど、生まれ持った脳の性能は恨んだ。 ていうか天才って言葉は相対的なもんじゃんか。自分と比べて遥かに届かないように見える人間をそう呼んでるだけだろ。 そんな人間ばなれしたように見えるヤツでも、敵わない上がいるし、うまくできないことだってある。「何でもうまくできる天才がいる」とかってのは、言ってるヤツが見てる範囲でのことでしかないっしょ。 「同じことしてても伸びが違う」とかは、同じ人間はいないんだから当たり前だろう。育った環境も違う、わかんねーけど遺伝的な違いも関係あるかもしれない。その違いが信じられないくらい離れてるだけで、「天才」なんて神格化して思考停止してね? あと、根本的に言うと、天才の対義語は努力じゃなくて凡才だ、才能と努力は対立するもんじゃなくて共存しえるもんだ。 どうしても不自然でぎこちなくて、アンケートにも下手と書かれるし、オーディションも一度も通過したことがない。 一例に自分を取り出すことはなんだが、私はスポーツであっても勉強であっても、それこそTVゲームでも覚えが早いといわれる。 もちろん世辞はあるだろうけれども、実際、同じスタートラインで勝負をするのであればそうそうなことでは負ける気がしない。 スポーツなら体格が違うだろう、他のスポーツの経験が違うだろう、運動神経が違うだろう、心肺機能が違うだろう、昨日食べた食事の量も違うだろうし、たまったストレスも違うだろう、運によっても勝負はちがうだろう。 努力、運、身体能力、経験、仲間の数、根回しのよさ、権力の有無、法律のくぐり方、金の有る無し。すべてが勝負を決める要素になりうるし、すべてが事実、勝敗を決める要因として分かりやすいものだ。 スポーツ選手の誰かが「才能があるやつ、努力をしたやつ、その片方だけじゃ一流にはなれない。才能をもったやつが努力をするから一流になれるんだ」って言ってた気がする。ごもっともだよね。 多少の努力はあっただろうが、どう考えても幼いころから楽器を習い、音大までいき、結果音楽家になれなかったやつよりは少ない努力。 人間は優劣持って生まれてくるからなぁ。テストで天才に勝つのは努力で何とかなるかも知れないが、例えばスポーツだったらどうだろうか? 身長183cmでJ選手になったら上位のスピードとスタミナがもてるフィジカル。スペイン育ちかなんか英国でもいいがで2重国籍。そうすればアーセナルやリヴァプールでスタメン、ゴール量産タイプの日本人選手ができるかもしれん。 努力することに意味はない。結果出してなんぼ。天才は努力なしで結果出す人。天才=努力の人なんて凡人の逃げの発想。 手塚治虫って子供の頃、本屋で昆虫図鑑を見て、その絵を記憶して家でそれと寸分違わない絵を書いて昆虫図鑑を作ったんだと。 天才と同じ事が出来なくても、工夫と道具があれば、それと同じような事が出来るんじゃないかなぁと思ったりする。 天才なんて結局周りが認めなかったら存在しないし、米59のように自分の幸せを追い求めたほうがいいだろう。 天才は「自分が天才なのか凡人なのか」「努力してるか否か」そんなことは気にしない。周りを見ずに、好きなことを好きなだけして結果を残す。それを周りが見て「すごい!天才!」と評価する。 天才や才能の定義に必死なのは、劣等感をバネにして這い上がろうと燃えてる努力マン、でなければ「凡人の人生」を受け入れる理由が欲しい暇人だろ。 天才より世の中金のあるものが勝ち。超天才でもニートなら意味ないし今時、年収多い人が勝ち。誰よりも金儲けできる人間が天才だろう。 思春期に親をなくしたり、恋をしたり、目標を見つけたりして自分を磨いた結果、それが能力になるんだと思う。 天才ってのはその階段を凡人の10倍濃く踏みしめてるんじゃないかな。それが努力であったり経験であったり 遺伝による天才は親が幼少時代に経験したこととか、さらにその親が経験したこととかが混じってることだと思う。 たしかサヴァン症候群って知的障害の人に多く現れるものじゃなかったっけ?映画の「レインマン」とかさ。特になるのは男性が多いらしいですよ。 ある分野においてそれを愛する才能と努力を惜しまない才能を兼ね備えた者がその分野で天才と呼ばれるのではないだろうか。 天才は天から才能を貰ってるので産まれてすぐ(っつっても四歳くらいか?)にありえないほどのことをやってのける。 NBAのラリー・バードは身体能力、バスケの才能は他のNBA選手より段違いで劣っているが(素人でも彼のドリブルみたら才能ないのわかる)彼はNBAのトップだった。 彼にはジョーダンやマジックのような華麗さはないけど、練習量がモノをいう3Pシュートとゲームメイクを磨いてトップになった。 よく「スポーツ選手なら松井やイチローの努力ぐらいはみんなしている」って言うがラリーバードは別格だと思う。 ここで言っている努力っていうのは「目的に到達するための一人練習」の事ですかね?(単に「苦痛」の意味で使われてる気も・・・まあいいや) 天才じゃないやつが天才を語るのはいかがなものと思う。それは神じゃないものが神を語るようなものだ。君たちは自己紹介でもしときなさい。そうすれば、馬鹿か凡才のことを語れる。 他者が他者とを比較することによって天才を認識し、理解しようとし、理解できないものを驚愕・感嘆し語っていくのではないかと。 ある部分で秀でた者はごまんといるだろうけど、それは程度の問題であって、万物の才を与えられた者はいない。 ただがむしゃらに努力をするのは精神にも脳にも成長にも悪いってことを知っているんだな。ただ好きなことをしていたい、って思っているんだ。 俺は赤ん坊の時に立ち上がったのは早かったが言葉は遅かった。でもその時に親がスポーツの教育ではなくて学習面の教育をしてくれたことが大きいと思う。 いまでこそ思うが、同じくらいの才能量でも、それが頭を使うのと体を動かすのでは、頭のほうが人生に有利だと分かる。 どれだけ努力をしても、どんなに才能があっても、時にそれを一瞬で抜きさって行くものがある。それが「運」です。 もともと天才的な才能があって、その能力を自覚してさらに高みを目指し、人生経験豊富で精神的な苦労が大きい人間、すなわち世の仕組みがわかりきっている人間が真に成功する ま、才能の理由を解明したところで解明した奴が才能なければ虚しくなって才能あるやつが調子に乗るだけで終わりだから理由なんてどうでもいいことなんだけどね。 神を信じていたのに無残な人生になった人は、神なんて意味がないと思う。神を信じていたために幸運が訪れて人生がよくなった人は、神は存在すると思う。 努力をたくさんして、運悪く挫折の連続、成功が一つもなかった経験を10代にした人は、努力なんて意味がないと思う。努力をしたら成功しちゃった人は、努力は大切だと思う。 |
[ 552] NHKスペシャル「ワーキングプアII 努力すれば抜け出せますか」の感想
[引用サイト] http://www1.odn.ne.jp/kamiya-ta/workingpoor3.html
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前作はワーキングプア(働く貧困層。生活保護水準以下ととりあえず規定されている)の実態とそれを生み出す構造を描いた。これにたいして、「II」はもちろん引き続きワーキングプアの実態を描くのだが(前作に1400通もの反響があり、キャスターの鎌田自身も未曾有の経験だという)、サブタイトルにあるように「努力すれば抜け出せる」という議論に、ルポを通して反論している。 「ワーキングプアといっても、努力すれば抜け出せるではないか」――これは自己責任論にもとづく最も有力な議論である。実際にインターネット上でも前作への反響としてこのような議論があった。 そして、安倍内閣がかかげる「再チャレンジ」政策も、その語感からもわかるとおり、「努力して抜け出せ」という見方が根底にある。番組はこの潮流にたいする雄弁な反論になっているとぼくは感じた。 まず女性。女性というジャンルをもうけたのは、おそらく、正社員化の道が男性以上に狭くなっており、非正規としてより簡単に「調整弁」になりやすく、ワーキングプアからなかなか抜けだせないからだろう。 一つは、母子家庭だ。10才と12才の男の子をもつ鈴木さと美さん(31)。福島県で4.5万円の家賃のアパートに3人で住み、夜中はコンビニ弁当の生産を各工場にふりわける仕事、昼間は建設会社の事務の仕事をしている。こうやって月給は18.2万円だという。子どもたちの学資など必要な控除をすると、食費など裁量が効く費用のために残るのは2万円余。 小さな子どもが2人いるというだけで、企業の多くはすでに門戸を閉ざす。高卒の正社員だった鈴木さんは結婚して退職。出産後、離婚し、すぐ仕事を探すが、正社員の道はない。スーパー、ビル管理などを8回も職を変わっている。子どもの看病を申し出ただけで解雇されたりした。 それでも生活できたのは、月4万円もの児童扶養手当が国から支給されていからである。厚労省のホームページにも次のようにある。「女性が一人で子どもを育てながら、働き、子どもとともに生活をするために必要な収入を得ることは大変です。 児童扶養手当制度は、このような母子家庭の生活の安定と自立を促進するため設けられた制度です」。 かわりに国は「就労による自立」のための支援メニューを用意した、というのが理由だ。じっさい、鈴木さんも介護福祉士の資格をとろうとしたが、専門学校卒業が条件であり、通学には昼間の仕事を辞めねばならず、それは不可能なことだった。 番組では、鈴木さんの子育ての様子も映し出される。食事の間はテレビを見ないというルールを定め、それにそむいてぐずりだした次男を叱る。叱った後は、子どもの目線に落として「何で怒られたかわかる?」と聞くのだ。 忙しさにかまけて甘やかし放題とか、逆に叩いたり怒鳴ったりするだけとは違い、子育てにきちんと手間ひまをかけているという印象をうけた。一人で母親役と父親役をこなしている、と番組ではナレーションがあった。 限られた情報からの印象にすぎないが、子どもは二人とも歴史や宇宙、数学や体育が好きだと述べ、しっかりと育っているというふうに見えた。 昼間の仕事のとき、昼休みに30分仮眠をとる鈴木さんの姿が映し出される。泥のように眠っている。休日に子どもたちを3000円の費用の範囲でお祭りに連れていったあとで、夜の仕事に出るのだ。大丈夫か、と番組スタッフが聞く。 「大丈夫、というかやるしかない。大丈夫じゃなくてもやるしかないですよね。あと10年がんばれば体がぼろぼろになっても子どもたちが巣立つと思うので、あと10年、自分がどうがんばれるか、どう子どもたちとむきあっていけるかっていうのが、今私が果たさねばならない責任だと思うし」 「扶養手当があるから自立しようとしない。ならばそのカネをうちきって日干しにすれば苦しくなって自立へむけて努力するだろう」――国の、こういう貧しすぎる社会保障観も的確にあぶり出されている。番組ではそのような直截なことは一言もいっていないのに、である。 学年トップの成績、美術では表彰もうけた才能の持ち主で専門学校への推薦入学が決まっていたが、父親のうつがひどくなり失職。専門学校の学費120万円が払えずに進学を断念したのだ。ゲーム会社の正社員になる、という夢は断たれた。 丘さんは、いま妹とともに町立病院の入院食をつくる仕事をしている。はじめは臨時職員だったが、民間委託されパートに。ボーナスもなく、月8万円の収入である。妹と二人で16万円である。 ここには、地方にまで押し寄せる「官から民へ」という新自由主義の流れ、そして田舎では女性の雇用先すらなく、あるのは公的部門がつくりだす雇用しかない、という実情が、さりげない形で差し込まれている。 切なくなるのは、丘さんがスキルアップしようと、半年かけて調理師免許の資格をとったが、あがった時給はたったの10円だったことだ。「資格をとって自分の価値を高めよ」という説教が地方都市の現実の前ではまさに空疎に響く。 「がんばってもがんばってもそこにたどり着けない人は、負け犬って呼ばれちゃうのかな。それもひどい話だな」 舞台は岐阜の柳ケ瀬にうつる。地場産業の繊維がグローバル化する競争の前に衰退し、地元商店や地場の下請が壊滅的な打撃をうけていることが紹介される。 ここではさらに中国人の研修生・留学生が安価な労働力として大量に導入されているという事情があった。海外ですでに安い労働力が使われているわけだが、日本に流入してくることによって、海外に展開できない企業も「利用」できるようになり、打撃はいっそう深刻となる。 中国人は最低賃金で使われ、中には時給200円などというとんでもない搾取をしている企業もあるという。これでは太刀打ちできるはずもない。 一つめはメーカーの下請をする田村幸子さん(57)=仮名。夫に先立たれ工場を一人で切り盛りするが月7万円まで収入が落ち込んだために廃業することになった。 この赤字分を補填するために、妻の礼子さんがパートに出る。そのパート先は中国人研修生の寄宿のまかないというから、皮肉な話である。増田さんの娘は大学進学をひかえており、さらに物入りになる。200万円を金融機関から借りたという。 なぜ北山さんが無年金者になったのかというと、北山さんは大工の仕事をしており、8人兄弟を養わないといけなかったので、年金保険料を思うように払えなかった。規定まであと5年足りずに無年金になったのだ。 実は北山さん夫妻は「いざ」というときのために70万円の貯金をしてある。そのために生活保護が受けられないのだ。これは前作でも似た話が出てきた。「いざ」というのが何を指すかは明らかにされなかったが、生活保護なら医療や介護の費用が出るので、おそらく葬儀代のことを指すのではないかと思う。東京の立川市のような、個人の尊厳を保てる格式を持つ「市営葬」を生活保護行政としてやればいいのに、と思う。 驚くべきことに、昨年(2005年)秋から制度が改悪され、特養に入る時には食費と居住費を負担せねばならなくなったのだ(これとは別に介護保険の利用料が必要になる。もちろん保険料も払わねばならない)。これは国民年金の場合、年金額がほぼスッカラカンになる。「特養に入って面倒みるんだから、何もかも置いていけよ」というわけだ。 扶養してくれる子どもがおらず、夫婦のどちらかが特養に入った場合は、とりわけ悲惨だ。風間さんはまさにこのケースである。妻の特養の費用でごそっと持っていかれるうえに、夫は自分の家賃や生活費を別に工面せねばならないからだ。 岩田は、「日本の母子家庭は世界でも類を見ないほど働いている」と強調する。なのに貧しいのだ。岩田は鈴木さんの実態をみて、「もっと条件のいい仕事に移れるよう支援を」として「所得保障と連動させる」ことを提案する。つまり、働きながら学べる、あるいは学んでいる間の所得を一定保障するしくみをつくれと言っているのだ。 しかし、そうやっても北海道の丘さんの例のように、10円しか時給が上がらなければむなしい。むなしすぎる。岩田は「就労支援のむなしさ」と呼んだ。「雇う側に労働条件の責任」を課すことを提言した。 そして、働いているのに貧しいというのは日本の生産水準からいうと明らかに変であり、生活の最低ラインをはっきりさせることだ、と説く。これはぼくが、前作の感想のなかでのべたことだが、格差が広がること一般が問題というより、貧困が増えていくことが問題なのだ、という指摘に通ずるものがある。 ある基準以下になったときに支援をする、という社会的合意がなければならない。もちろん、生活保護という基準があるのだが、その適用のきびしさや、その他の社会保障制度の問題点(たとえば国民年金が生活保護以下だという問題)がこの問題をあいまいにしてしまっている。 八代は「さらに改革をすすめれば解決する」「何より景気回復が第一」「最大の原因は長期経済停滞。もっと高い成長で雇用機会を増やす」などととんちんかんな発言。「いざなぎ景気」をこえるといわれる「実感なき好景気」が続いているのに、何を見ているのか。 すでに前にものべたように、大企業は大量の非正規雇用の活用(キヤノンや松下の偽装請負活用を見よ)と成果主義賃金による正社員締め上げで、これまで労働側に引き渡す富を吸血しながら成長している。そして、法人税などのくり返しの減税によって再分配機能がマヒしつつある。どんなに好景気が続いても国民全体に実感が乏しいのはそのせいである。これを続けていっても「解決」はしない。むしろ、ワーキングプアのような存在を前提として成長があるのだ。 そして、八代は、中小企業も企業なんだから、利潤が出なくなったところにいつまでもいるのはダメで、その分野から資本を移動できないならサラリーマンになるしかないと述べる。「昔と同じやり方をサポートするのはまちがったやり方だ」と主張する。この後半部分の八代の主張は一定の説得力を持っている。 最後に、キャスターの鎌田靖が、ここに出てきた人はみんな「家族のために一生懸命」だったと述べ「自らの境遇を誰のせいにもしていませんでした」。そしてワーキングプアの問題というのは、「一部の人の問題ではなく、誰にでも起こりうる問題」だと指摘したのである。 はじめの母子家庭のケースでは、就労支援や「再チャレンジ」のメニューがあまりにも使いづらいものであることをつきつけている。子どものために働きづめの母親にたいして、「学校に通ってスキルアップ〜♪」などという方策を示すことが、いかに現実に合っていないものかがわかる。 そして政府が「母子家庭は自立していないから自立させないと」と苛立ち、児童扶養手当をカットする姿勢が、まったく現実の要請とは真逆のものであることも、この番組で反論されている。 次に「公務員採用情報ナビ」だが、これは単に公務員試験の日程が貼付けてあるだけでこれが一体どんな再チャレンジ支援というのかさっぱりわからない。 きりがないので、これくらいでやめるが、ページの下の方にいっても鈴木さんが求めているようなメニューは見当たらない。 当該のページをみてわかるように、「再チャレンジ支援」といっても、障害者の部分をのぞけば実は一番「充実」しているのは「起業・創業」の分野のメニューであって、安倍内閣が「再チャレンジ支援」といって照準をあわせているのは、実はこの部分であることがわかる。鈴木さんのようなワーキングプアは、視野にないのだ。 さらに、北海道の丘さんのケースのように、「資格」をとったが10円しか時給があがらなかった、という現実は、資格資格スキルアップスキルアップと唱え続けるやり方を、痛烈に皮肉っている。 思えば、資格を取ること、スキルをあげることが即収入につながるというような資格やスキルはかなり限られている。ワードやエクセルはとりあえず派遣で働く上では欠かせないだろうけど、だからといって正社員の道が必ず開けるわけではない。そして田舎ではそんな職自体も少ないのだ。 先ほども少し述べたが、田舎では公的セクターが提供する介護や福祉にかかわる仕事が実は「最大の産業」であったりする。 そこには、たとえば近くの中規模地方都市に通ってサラリーマンたちが稼いでくる富が税金として集められ、また、東京で集められた税金が交付金のかたちで地方に環流してくる。それを原資として、介護・医療・福祉の公的サービスが、かつての公共事業にかわって地方にお金を落とすしくみになっている(ちなみに、北海道でみると同じ1000億円を投下したばあい、生産誘発効果・粗付加価値誘発効果・雇用誘発効果すべてにおいて、社会保障の方が公共事業より圧倒的に経済効果が高い〔自治体問題研究所『社会保障の経済効果は公共事業より大きい』より〕)。 ところが「構造改革」による地方への交付金の削減(07年度予算原案でも7000億円交付税が削減された)やサラリーマンの収入減が、自治体の財政悪化へとハネ返り、番組に出てきたように民間委託(番組では町営病院の病院食)することで「コストダウン」。地域に環流するカネを減らしてしまっているのである。 高齢者にしても、風間さん夫妻はまさに社会保障制度の改悪(特養のホテルコスト負担の導入)によって貧困に追いつめられているのである。 北山さんのケースでは、葬儀代だけは確保したいという人間としてごく普通のプライドが生活保護受給をさまたげている。北九州市の餓死事件のように、生活保護を受給するためには、おそろしく厳しい要件をクリアせねばならない。最近ではたとえばぼくの住む福岡県では生活保護を受けられる期間を5年に制限しようという計画を出している。このような厳しい要件、それにくわえて、年金受給資格を得るまでの長過ぎる保険料支払い期間、こうした社会保障の貧困が、北山さん夫妻をして、80になってもなお極貧の中を働かせているといえる。 地場産業は、労働集約・大量生産という高度成長タイプのものが多く、昔は日本の低賃金が武器になったが、今は逆にアジアのいっそうの低賃金によってほとんど成り立たなくなっている。 「原材料基盤を前提とする、産地全体として特定生産物の量産、また、市場的視野の欠如した見込生産、さらに、安価な生産要素を前提とする低コスト生産、これらにより、地方の工業は限られた製品分野の中で、機能性を重視する基礎的消費財、実用品の量産に特化していくことになる。日本の地方圏に広範に発達した伝統的な地場産業の多くは、実はこうした特質を濃厚に示すものであった。そして、高度成長期のような基礎的消費の旺盛な時代、また、低価格量産品の市場が開け、東アジア等に競争者が登場していない時代には、一世を風靡することが可能であった」(関満博『地域経済と中小企業』p.25) グローバル化に抗する力をこれらの個々の人が持てるだろうか(※2)。この番組に登場した増田さんや田村さんにそれを求めないといけないのだろうか。八代は“できなければサラリーマンになれ”といっているのだが、田村さんは廃業したし、増田礼子さんは「サラリーマン」になった。そして貧困を抜けだせないでいる。 仮に八代のいうとおり、この人たちがこれらの運命を甘受せねばならず、工場を放棄してサラリーマンになるとして、貧困から抜け出せない問題は残るのだ。 「構造改革」による社会保障の貧困、地方歳出の削減、非正規雇用の増大、グローバリゼーション――これらが「個人の努力」などというものを押し流すように覆いかぶさってきている。そのなかで「個人の努力」で抜けだせない人がいないとはいわないが、多くの人はまさに押し流されていってしまうだろう。 まさに番組サブタイトルが示すように「努力すれば抜け出せますか」――抜け出せない、というアグレッシブな反論になっているのである。 ぼくの親戚で、ぼくと同い年の地方公務員の男性がいるが、彼は母子家庭が税金を食いつぶしているといって「憎んで」いる。こういうメンタリティの人は、けっこういるもので、母子家庭への支出を削減する政治的背景になっている(先にあげた児童扶養手当は連続的に改悪が押しつけられているし、生活保護世帯の母子家庭加算は07年度の政府予算の原案でも全廃が打ち出された)。 しかし、その男の労働ぶりをみても、鈴木さんの半分も働いていないだろう(公務員一般がそうだという話ではない。念のため)。それくらい鈴木さんはがんばっている。 そして、しばしば生活保護受給というのは税金で「やっかいになっている」などとして非難されるわけだが、鈴木さんは逆にギリギリのところでふんばっている。 北海道の丘さんにしても、3人が離散して、父親は生活保護を受け、姉妹は都会で働くという方策がないとはいえない。しかし、彼らはその道をとらずに働いてがんばっている。 この番組に出てくる人たちは、まさに生活保護を受けず、労働によって富を生み出しているわけで、ぼくは生活保護を受けることは当然の権利であるという考えの持ち主だが、仮に生活保護受給を単なる「コスト」としか見ない人たちの立場にたったとしても、この人たちを非難するいわれはないはずである。 この人たちはがんばっていることは認めるが、それで苦しい思いをしているのは仕方がない。いますぐ死ぬわけじゃないんだから。資本主義のもとではこういう人が出るのも必然だし――こういう考えに立ってみたらどうだろうか。 闇金融に堕ちていく人々の群像を描いた漫画、真鍋昌平の『闇金ウシジマくん』(小学館)のなかに、借金苦ではない形でフーゾクと闇金に絡め取られ、モラルを崩壊させていく女性たちの姿が描かれている。 ここには、まさに内橋が指摘した「勤労が美徳とはならなくなる」という問題が正確に表現されている(同書5巻p.146〜147)。ワーキングプアを放置すれば「美しい国」「愛すべき国」に何が引き起こされるのか――その一つの結果がこれである(もちろんこれだけがその結果ではないが)。右が真鍋の絵だが、「萌え」とは真逆の、写真から起して多少のデフォルメを加えたような真鍋の絵柄は、刺すような古典的リアリズムがある。 すなわち、貧困のラインをきめ、人生を犠牲にせずに生活できるように最低賃金や母子家庭への支援額などを定めることである(現状の額はそのようになっていない)。竹中平蔵が言っていたが、格差がいくら広がろうともそれ自体は問題ではない。生活できない、あるいは人生を犠牲にするほど働きづめの人間が生まれ貧困が再生産されてしまうほどの貧困が広がっていくことが問題なのだ。前回の感想のところでもあげた、ロールズの言葉を再度引用しておこう。「不平等は、社会の他の構成員の不利益を招かない限りにおいて、是認される」。逆にいえば、不利益を招けば=貧困を生めば是認されない。 「大企業ばかりが利益を独占するしくみを変えない限り報われない」と内橋は述べた。所得再分配の原資を、市場空前の利益をあげる大企業に応分の拠出を求めるということになる。 「国際競争力が落ちるではないか」と反論があるだろう。内橋はこれについて、次のように言っている。「日本の労働力を安くするといって、外国人のチープワーカーを使う。これでは正当な国際競争力にはならない」。社会的な責任を果たさない国際競争力とは、真の国際競争力ではないというわけだ。じっさい、税負担だけの比較でみると日本の企業は先進国のなかでどっこいどっこいなのだが、社会保障負担分をくわえると、非常に低い負担しかしていないことがわかる。 以上みてきたように、この番組は驚くべきほど戦闘的である。そして、大綱的にではあるが、問題の解決の方向も指し示している。 東京の大田区の町工場のように、注文ごとに技術をもった町工場がチームを組んで仕事を仕上げ、仕事が終わればチームを解散する、というようなやり方である。いろんなニーズに対応でき、設備投資も大規模・単一のものでなくて済むわけである。大田区では90社がネットで相談し販売をしている。これによって技術力を集約し、コストを大幅に削減できているという(朝日新聞2006年9月15日付「『東京・大田のモノづくり守れ』脱下請 町工場連合」参照)。 この関が指摘するような改善方向が、地場産業の地帯でも始まっている。金属加工の地場産地・新潟県燕市で、金属研磨の専門家集団がネットワークを作った。「長引く不況に加えアジア諸国に市場を奪われ、仕事が激減しました。一人や二人ではどうにもなりません。グループが共同でインターネットと見本市で技術をPRして受注体制をとり、競争力を上げようと『磨き屋シンジケート』を設立しました。大手企業注文の研磨加工から個人の高級鍋の磨き直しまで高い技術力を発揮。近年、素材の軽さと強靱さから人気があるマグネシウムの研磨加工でも受注が増えています」(しんぶん赤旗06年9月27日付「挑戦/模索 地場産業復活へ」参照)。 しかし、このシフトを個人でおこなうことは難しいというのが正直なところだろう。毎日の食う分を稼ぎ出すのに終われる田村さんや増田さんにそこまでの努力を求めるのだろうか。そこへむけての公的な知恵出しや支援が必要になってくるとぼくは考える。 北海道新聞社説より:「予算案のもう一つの特徴は、企業に優しく個人に厳しい、という点だ。 成長力強化の名目で企業減税が行われる一方、所得税・個人住民税の定率減税が全廃される。すでに決まっていたことではあるが、家計には一兆六千五百億円もの負担がのしかかる。 これでは低迷する個人消費がさらに落ち込み、景気全体の足を引っ張ることにもなりかねない。 社会的弱者への配慮も欠けている。生活保護の母子加算の段階的廃止、持ち家に住む高齢者への生活保護支給の縮小などは、低所得者層の暮らしを直撃する」(2006年12月25日付) しんぶん赤旗2006年12月3日付より:「大手銀行六グループ(三菱UFJ、みずほ、三井住友、りそな、住友信託、三井トラスト)は九月期中間連結決算でも、過去最高を更新する最終利益(純利益)を計上しました。しかし、どのグループも法人税を納めていません」「六大銀行グループすべてが法人税を納めるとどのくらいの金額になるのでしょうか。業績予想(〇七年三月期通期)で、最終利益は総額二兆九千六百億円と見込まれています。それに法人税率30%(国税分のみ)を掛けて計算すると税額は八千八百八十億円になります」 |
[ 553] 努力すれば格差を乗り越えられる、なんて思いつかなかった
[引用サイト] http://anond.hatelabo.jp/20070826235204
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だけど僕の高校進学のことで中学の先生と三者面談をしたときに、先生が親に「普通科へ行かせてやってくれ」と言いだした。 でも先生は「こいつは大学に行かせてやって下さい」という。かなりしつこかった。しばらく問答したけど、 結局親に無理させて、大学に行った。国立大で、授業料はほとんど免除だったけど、それでも金はかかるし、バイトもずいぶんやった。 そうじゃなくて、「頑張って勉強して、能力を伸ばす努力をすれば、上の社会階層に上がれるかもしれない」 違うんだよ。社会に本当に階層があって、しかもそれが移動可能だなんてことは、全然リアリティのない話だったんだよ。 テレビドラマに出てくるような上流階級みたいのがこの世にある、ってことは知ってる。だけどもう全然リアリティないんだよ。 ウチは金もないし、親も歳だし、早く手に職つけて働かなくちゃ。一生懸命働けば少しはマシな暮しだってできるだろう。 大変失礼な物言いになるかとは思いますが 母親を捨てるつもりで都会へ出てはどうでしょうか もちろん何らかの職が確定しないと厳しいかとは思いますが 自分も似たような状況から母... 都会へ出て……仕事があるでしょうか 接客苦手じゃないなら、激務ではあるけど飲食チェーンの正社員なんかは常に人手不足だから選択肢として念頭に置いておくといいと思う。 ルー... 「裕福でないと大学にいけないという幻想」を読んでモヤモヤしていた。 面白くないかもしれないが、ぼくの在郷の話をしよう。 ぼくの田舎は丸ごと貧乏だった。一部土建屋連中が公共... 地域格差と言うけれど、それはそれで一つの需給社会が形成されているのかもしれない 一連のエントリを見て考えてみた。 俺は現在の妻と都心にある某私大在学中に知り合って以来、く... いくつかの文が、地方国立大を出てそのまま東京の企業に就職した俺のセンサに引っかかった。 エントリーの趣旨からは外れててごめん。 何しろ、そこの土地の人たちときたら、東京... 二点目としては、ぼくは田舎に嫌気がさして東京に出てきています。 なんで嫌気がさしたのだろう。 金銭的安定を得る代わりにもっと嫌なことを我慢しなければならなくなったとか... 二点目としては、ぼくは田舎に嫌気がさして東京に出てきています。 なんで嫌気がさしたのだろう。 金銭的安定を得る代わりにもっと嫌なことを我慢しなければならなくなったと... 話はよくわかった。だけど、世界的にみて日本がどうなのかっていう視点でみてみると、日本は世界的にはとてもとても公平なほうだって思うんだけどな。 中国なんて、田舎に生まれた... 小学校時代の同級生がどういう職業についているかを想像すれば社会の全体像がなんとなく実感できる とは昔から言われてるよね ただ公立限定だと思うけど 会社にずっといても、その会社内の狭い視野でしか物事を見られないって事もあるよ。 転職したりフリーになるとまた視野が広がるけどね。 今更。努力すれば格差を乗り越えられる、なんて思いつかなかった格差の固定化って、だからたぶん、努力するための資本がないとかいうことだけじゃなくて、努力すれば格差を縮めたり... 良いと思える時機を失っていくのを見守る側は本当に切ないものだ。 まぁそれもただの押し付けだと気付くのも「良いもの」かも知れない。 ぜんぜん本題じゃないけど、授業料免除なのに『お金は借りずに済んだ』か・・・ 同じく国公立だけど、ちゃんと授業料払って、学部と院のダブル育英会負債にあえいでいる私がばかみ... つーか、そもそも「良い大学」の方が学費免除の枠が多いでしょ。 しかもそういうとこだと、貧乏なやつと裕福なやつがわりとくっきり分かれるから 貧乏なやつは結構あっさり学費免除... 腹をたてる相手が違う気がしてならない。貧乏人同士で足の引っ張り合いしてどうする。異教より異端憎しか。 そもそも『お金は借りずに済んだ』は「何なら私が貸したっていい」と言... 言及ありがとうございました。 コメント欄に、言及元(つまりウチ)が考えてないようなことを書かれてるけど、まぁいいわ。 ★裕福でないと大学にいけないという幻想(o... 格差の固定化って、だからたぶん、努力するための資本がないとかいうことだけじゃなくて、 努力すれば格差を縮めたり、乗り越えたりできるかも、なんて本気で考えることができない... 格差云々よくわからんけど、学力的に難しい大学にはやっぱり金持ちな家の子が多いのは最近感じるようになった。 今、ボクは大学生でそこそこ入るのが難しいような大学に入れたと思... 実感としては、4割を占める首都圏出身者と、残りの地方出身者とでかなり人種が違う気がする。 分けて集計したデータを見てみたい。 あげ足とりなんだが、ひとつの問題に1年取り組めて、それで答えが出せるのならそれはそれで役に立つ才能だと思う。 この手のはなしを聞いていつも思うのが「天才」の定義ってなんなんだ。 「努力も才能のうち」だったらエジソンやイチローの言葉とかナンセンスだし。 「物事を成し得るために必要な... 世界にはその「天才とは何なのか?」を研究している脳科学者がいるよ。 ちなみにその学者も超天才らしい。 自分を堕落させる者は自分だけを台無しにするのみか、 もしもこの者が善に化せられたならば恐らく彼が役立つと思われる他人をも、 ことごとく台無しにすることになるが、それとち... アイデアとは既存の要素の新しい組み合わせ以外の何ものでもない 「枯れた技術の水平思考」横井軍平 既存の組み合わせでアポロ11号は月着陸を果たした ビル・ゲイツなんてコンピュー... それ以前に、是正されるべきかどうか、という議論もあるけどね。 それにしても格差問題ほど焦点の定まらない問題はないな。同じ「格差問題」という言葉を使っていても、ひとによっ... はいはいー頭いいでちゅねー 大学での成績と、総理大臣になることを同列に扱っている時点でなんだかな。 幸福にしてあげたいなら、 その人の持ち物を増やさず、 欲望を減らしてやるがよい セネカ 格差と想像力 それでも周囲の人たちが留学の準備を始めるぐらいの一流と呼ばれる大学なんだから、俺よりは断然情報量が多そう。 俺がいたのは地方国立大学。留学なんて、先輩に留学した人がちょ... あなたば、おそらくネイティブの喋る英語が聞き取れ、それに返答することはできるのはわかった。(日本人の多くは、簡単な英会話すらできないのだから、それはそれでたいした事なの... この話、よくわかる。 ふと、自分の知らない世界を現実的に考え出したとき、 大学のこれまでの成績を照らし合わせて、 かなり選択肢が狭まっていることに言い表せない感覚になった... 初めからほとんど無意識的に「自分には無理だな」と思っている事が、自分で意識している以上にあるよな…… 留学なんかも、知っていても「留学は厳しい」「留学したって何もならな... ある意味その逆の話。努力すれば格差を乗り越えられる、なんて思いつかなかったでも、あのとき先生があそこまで食いさがらなかったら、僕は大学になんて行ってなかったと思う。あの... テレビドラマに出てくるような上流階級みたいのがこの世にある、ってことは知ってる。だけどもう全然リアリティないんだよ。 大学なんか行ったことのある奴は、親戚中探したって... マルコの記事にもあったように、別に彼らは彼らで自由じゃない面を抱えているし、俺が聞いた話でも、某有名量販店経営者の子供たちは何でかわからないけど精神を病んでしまったな... これって金持ちも苦労してるんだと思い込むことで認知的不協和解消してるだけじゃね? 金持ちにも不自由や苦労はあるだろうけど、平均的に見れば貧乏人とは比べられないほどマシ... 貧しい人の多くが大変なことと、金持ちには金持ちの苦労があることは別に矛盾なんかしないし、悪いけど俺は他人の人生は他人の人生でしかないと思っているのでそこに変な自己投影... 金持ちに苦労があることと貧乏人がもっと苦労してることも矛盾しない。両方苦労してるからといって程度の差が軽視されてる気がするんだよね。貧乏人が苦労しまくってるという現実... 言ってることは間違っていないんだけど、それはあくまでも中流(意識)階層の中でのトップ争いでしかないんだよね、悲しいことに。 ああ、そう読まれたか。違うんだよなあ。確か... センスは、別に指導者がいなくても身につくと思うけどなあ。そりゃ中には良き指導者と会って開花する才能もあるかもしらんけど、それこそ金持ちの醍醐味じゃないの?そのくらい特権... なんつか、天才が評価されないのは不遇だと思うけど、凡才の底上げみたいなもんまで当たり前に欲しがるのは欲張りでない? おいおいおい、金持ちの思い通りだぞ、俺ら凡人がそん... しかし、そういう人間がいるかげに、その何倍もの数の色々手間隙金かけたけどモノにならなかった人間てのがいるわけで。そのうちの最も幸運かつ能力に恵まれた人間だけ見て、悲劇... 悲劇は、絶望とか書いてなかったっけ?別の増田?ごめんよ混同しちゃったみたい。 後段は、欲してもいいよ。自分でなんとかして、他人や社会に要求しないでくれるんならいくら浴し... 上を見ればきりがない ところがその階層は決して上流じゃないという現実 タイトルのまんま。学者の家系ってのも辿ると経営者だったり豪族だったりするんだけど、でも文化的な上流だ... 格差関連のネタばかりでごめんなさい。でも、格差とはあまり関係ないところで一つ気になったので。 たとえば子供が「スポーツでプロを目指したい」とか「芸大に行きたい」とか言っ... うちの親の話。 うちは祖父の代までずっと零細自作農で、食うには困らなかったけど 収入はもちろん低かった。それでも戦後までは自作農であるだけまだまし。 まあそれはいいんだ、... |
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